月夜見
 puppy's tail 〜その44
 

 “みどり ひ〜らひら♪”A
 


 ロロノアさん家からは少々離れた側のご町内の外れに、今は何にも建ってはいない更地がある。結構な広さのあるそこには、元は瀟洒な別荘があったらしいのだけれど。誰も住まなくなって何十年と放置されてたことから、相当傷んでもいたそうで。さして大きなものでもなかった地震で、なのにあちこち壊れたのをキリに、建物は壊しての整理しちゃってもう何年になるものかと、いつだったか角のお婆ちゃんが話してくれた。土地の持ち主さんは東京にお住まいであるらしく、此処が売れての新しいお家が建つんでもない限り、誰も来ないし見とがめられることも少ない“空き地”だからと。基礎部の石やら柱の跡やらが居残るほかは、草ばかりがぼうぼうと生い茂り、時折、季節の折々などに、ご近所の方々が草を刈って下さるのの他には誰も寄り付かないことをいいことに、野良の犬や猫がこっそり集まってくる場にもなっていて。
「ルフィ。」
 真っ白なウェスティにメタモルフォゼした海
(カイ)くんを連れて。朝のお散歩のついで、新しい情報はないかなと足を運んでたシェルティのルフィへとお声をかけて来たのは、此処の町内にて野良を仕切っているサカキという紀州犬。体は大きいし、怒らせればさすがは猟犬の血統だから、そりゃあそりゃあ怖いお兄さんだが、日頃は気のいいおじさんで通っている彼は。ルフィが人間の姿にもなれる精霊だってこと、一番最初に理解してくれた存在でもあって。他のわんこが胡散臭がったりすると窘めてまでくれたほど、侠気おとこぎの厚い、頼もしいお友達。
「おはようvv」
 にゃは〜と微笑ってのお返事をすれば、濡れたお鼻をちょいちょいってこちらの頬っぺへくっつけて来てのご挨拶返しをしてくれてから、
「お前んチの向かいに、新しい人間が越して来ただろう。」
「うんvv
 さすがは情報が早いねぇと感心し、
「俺はまだ逢ってないんだけどもね。女の人で“作家さん”なんだって。」
 昨日の朝のうち、丁度こんな風にカイとお散歩に出てた間にいらしてね。ひよこのおまんじゅう持って、夏までの間ですが此処に住まうことになりましたのでよろしくって、ゾロとツタさんへご挨拶して帰ってったって。ゾロのお父さんのミホークのおっちゃんのことも知っていて、出来ればご存命中にお会いしたかったって言ってたって。
「そっか…。」
 サカキが納得したような、それでいてまだ何か含みのあるよな声を出したのは、ルフィはまだよく知らないという点に“それじゃあしょうがないかな”と思ったせいであるらしく、
「その人だがな、何か飼ってないか?」
「何か?」
「ああ。」
 サカキが言うには、
「本当に時々、何かの拍子にってほどの稀なことなんだがな。今までに嗅いだことのない、匂いってのか気配ってのか。そういうのが何処からか流れて来てな。」
 それが、あの家へ新しい住人が来てからのことなんだとか。犬や猫や小鳥ならば、匂いと気配で判別も出来る。熱帯魚は気にかけるなんて論外だし、爬虫類の類いや毒のある大きな蜘蛛とかだったとしても、ゲージに入ってるだろしと、と。ルフィの背条がこそばゆくなるような例まで挙げたサカキは、ちょっぴり難しそうなお顔になった。
「サカキでも判らないの?」
「ああ。」
 そういうルフィだってこうやって訊くまで気がつかなかったんだろうが。あ、えと、うん。だって、
「匂いとか、しないし。」
 犬族の嗅覚はそりゃあ凄まじく鋭い。実はあんまり視力は確かじゃないとか、色盲だとかいう説まであるにもかかわらず、人の出す、ややもすれば複雑な指示に苦もなく従えたり、盲導犬として情報あふれまくりな街の中を支障なく歩けるのは。そんな視力を補って余りあるほどの、嗅覚の力が応用されているからだとも言われている。だってのに…ご近所に住まうルフィが気づかなかった、野良仲間が事故や事件に巻き込まれぬようにと情報集めに余念のないサカキでさえ、正体が掴めないままの“何物”かがいるらしく。
「ゾロもツタさんも何にも言ってなかったし、今朝だってお家の前通って来たけど…。」
 人のいる気配はあるものの、ペットや何やって気配はしなかったよなと、思い出しつつ呟くルフィであり、

 「でも、飼われてる子なら、あんまり気にしなくてもいんじゃないの?」

 自分やカイはある意味で例外に当たるが、それ以外で放し飼いにされてる犬はこのご町内にはまずいない。どのお宅でも、我が子のようにと可愛がられていて、大きな犬は勿論のこと、カイとさして大きさの変わらないような小型犬たちでも、滅多なことでは脱走もままならぬほど、お家の中やお庭で飼われている子ばかりだし。
「こうまで姿を見せないくらいなんだから、完全なる“箱入り”なんだよ、きっと。」
「…う〜ん。」
 そんなして外へは出て来ない子なんだったら、別に案じることもないんじゃないかと、ルフィは相変わらずの楽天的なお言いよう。
「それに、夏までって言ってらしたそうだからね。」
 一気に長いお話を書かなきゃいけないような企画でもあるものか、気分を変えての別荘住まい。こういう閑静なところで過ごすなんて贅沢は初めてなんですようと、はんなりと微笑ってらしたそうなので、大方、気分転換にじゃらして構うような、そんなワンコかニャンコじゃないのかなぁと、
「…でも、気配を拾えなかったってのは不甲斐ないよな。」
「ルフィ?」
 理屈を並べつつ、でも、だけど。微妙に純粋な犬族ではないとはいえ、その能力はさして劣ってはいないはずなのにと思えば。こうまでご近所の様子が丸きりの全然嗅ぎ取れてなかっただなんて、

 “むしろ不自然なことじゃない?”

 カイくんが生まれてからこっち、そりゃあ“お母さん”にはなりましたよ? でも、ゾロがいて、ツタさんがいてくれるから、あんまりひいこらと大変な想いはしちゃあいない。それが人間でもワンコでも、育児に構けっきりになるお母さんたちに比べれば、随分のんびりしている分、ワンコとしての能力だってさして変わりはないままなはずなのに。

 「何でだろ。何か気になって来ちゃったな。」
 「こらこら。」

 こっちから訊いといて何だが、と。今度はサカキの方が、執り成すような宥めるような声を出し、
「ルフィのお家の人たちはともかく、他の人へは、ルフィやカイのこと、知られちゃならんのだろうが。」
 下手な騒ぎを起こすのだけは やめときなさいよと、言い聞かせはしたものの、

 “まずいな。尻尾が揺れたまんまじゃねぇか。”

 うんうん判ってるってなんて言いながら、そのふさふさのお尻尾は…ご陽気にもぶんぶんと振られ続けているもんだから。こりゃあ注意しといてやらんといかんなぁなんて、サカキさんへ心配の種を増やしちゃってる、困ったお母さんだったりするようです。
(う〜ん)




            ◇



 空き地にいるのは野良の子が大半ではあるのだけれど。時には、飼い主さんの眸を盗んでの脱走してくる子たちもいて。
「カイ、ツユクサがいっぱい生えてる土手を知ってる?」
「え? 何それ? 何処のこと?」
 お母さんの血を色濃く継いだのは、人でいる時の外見だけへではないらしく。好奇心も旺盛で、新しいお話や情報を聞くのが大好き。角のお婆ちゃんチからひょこり抜け出して来たらしい、ロングコートチワワのリクくんが、そんな情報を持って来たのは、ルフィママがサカキさんと何かお話ししていた時のこと。
「チュユクサって、青い青いきれえなお花でしょ?」
「そだよ。お花を集めて、ハンカチを染めたりするんだよ?」
 あんねあんね、去年来てたみみちゃんが、お婆ちゃんと一緒に染めてたの。きれえだったよぉ?
「わ、わ、いいな、きれえなのvv」
 きれえなものは、ママもちゅたさんも大好き。勿論、カイも大好きだから、見つけたり聞いたりしたらば、見に行こうようってママとか誘うの。
「それがカイの“しめー”なの。」
「“しめー”?」
「うっ。どしても やんなきゃいけないことなの。」
「…すごいんだねぇ。」
 やあらかい芝草の上、小さな前足をちょこりと並べて、そんな他愛ないことを話していたおチビさんたちだったのだけれども、

 「それよか、カイ。あんたんチの斜
ハス向かい、何か変な人が来てなぁい?」
 「ふや?」

 おしゃなま話し方をするのは、去年の秋に生まれた三毛猫のハナちゃんだ。この町内に限ってのことだろけれど、野良のニャンコは割と、ワンコとも仲がいい。普通の住宅街とはあれこれ違うから、協力し合わないと冬場なんかは大変だってこと、親から言い聞かされてのちゃんと、引き継がれているせいらしく。ルフィとカイくんとが不思議な存在だってことも、何となくながら伝わってはいるらしい。そんな中でもこのハナちゃんは、実を言えば…ロロノアさんチを縄張りにしている例のニャンコに仄かに片思いでもしているらしく。彼の姿を見るために、ロロノアさんチにも こそ〜りやって来るもんだから。そんな関係でカイともしょっちゅう顔を合わせている間柄。
「変な人?」
「そお。やたら香水振り撒いててさ。臭いったらありゃしない。」
 くしゃくしゃってお顔をしかめたハナちゃんに、ああそういえばとカイくんも頷く。
「そなんだよね。カイ、ワンコになったらお家に居らんないほどだもん。」
 人の姿のときは、少しほどその能力も落ちるのらしく。でも、ワンコになったらたちまちお鼻につんとくる。

 「何であんなしゅるですかねぇ?」

 ひょこりと小首を傾げたカイくんも、何やらそのお家の方が気になり始めたみたいです。








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     貴子様 『puppy's tailで、元気一杯なカイくんのお話。』

  *すいません、もうちょっとほど続きます。